2015年08月21日

米フラトン市が慰安婦碑設置見送り

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産経新聞が「米フラトン市が慰安婦碑設置見送り」という報道をおこなった。本当に、産経新聞は朝日や毎日とは違い、本当に日本にとって必要なマスメディアだ。

どうやら、電子メールや署名が効果的だったようだ。

朝鮮人の企みが表に出てきたら、すぐに情報を拡散して、メールを送ることが有効ということだろう。

これは、国を守る行為であり国民の義務にしてもいいくらいだ。 




産経ニュース(2015/8/21)
韓国どう出る? 米フラトン市が慰安婦碑設置見送りへ 反対署名受け、カナダ・豪州に続き

 【セドナ(アリゾナ州)=中村将】韓国系団体から慰安婦碑の設置を提案されていた米カリフォルニア州フラトン市の博物館が、設置を見送る方針を固めたもようだ。設置に反対していた米国市民に19日(現地時間)、同市市議から「設置されない」と連絡があった。慰安婦像や碑をめぐっては、4月のカナダ・バーナビー市、今月の豪州・ストラスフィールド市に続く設置見送りで、反対派の日本人や米国人の働きかけが功を奏した形だが、韓国側の出方が注目される。

 碑の設置を提案したのは、同州グレンデール市の慰安婦像設置を推進した「カリフォルニア州韓国系米国人フォーラム」(KAFC)。フラトン市議会は昨年8月、KAFCが提案した、慰安婦問題を人身売買と関連づけて日本政府を非難する決議案を賛成多数で採択した。

 フラトン市は、米連邦下院外交委員長で、慰安婦問題で日本非難を続けるエド・ロイス議員の選挙区の一部。市議会で決議案が採決された際、ロイス議員も訪れ、決議案に賛成の立場からスピーチしていた。

 これを受け、慰安婦碑を市立博物館の敷地内に設置する提案がなされ、在米日本人や日系米国人らによる大量の反対署名や電子メールなどが同博物館に寄せられた。こうした背景などから、設置に反対する博物館委員も少なくなかったといわれる。慰安婦像・碑の設置は最近、歴史認識より地域の調和といった観点から見送られる傾向にある。 


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posted by Kissandtell at 22:00| 東京 ☁| Comment(0) | 朝鮮娼婦問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月20日

中朝人は、欧州にとってのアフリカ人と同じ

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ある記事の一文にこうあった。

「しかし、第一次大戦後、和解できなかった欧州は第二次大戦を防げなかった。和解こそ究極の安全保障であることは今の欧州を見れば一目瞭然だ。」


ヨーロッパは、まともな文明国家同士の戦い。

日本も先進国とは和解が終わっている。 

ヨーロッパも、アフリカとは和解が終わっていない。


朝鮮は野蛮人とまで言われていたわけで、先進国の「せ」の字もない。 中国も、「せんせ」くらいだ。
アフリカ人と変わりがない! それでも、日本は、日韓基本条約、日中平和条約を結び、全て片付けている。 もちろん、朝鮮とは戦争をしていないので、本来は、金などを渡す法的理由はないので、貧しい朝鮮人どもには経済協力を行っている。


        敵国      植民地
欧州諸国 -  和解済み    和解なし
日本   -  和解済み    和解済み


朝鮮は、当時、日本の敵国ではなく分類されるとするなら「植民地」になるわけで、欧州の和解の成功例が朝鮮に当てはまるわけがないことがわかる。

在日朝鮮人記者は、なぜか、朝鮮を優れた大国だと思いたがる。 

しかし、現実の併合前の朝鮮は「非文明国」であり、人々の生活は野蛮人のようなものであった。




その真実を知ることができるのがこの書籍だ。


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/49/b3eb94692f5fc9198aad899fa52fefc4.jpg
THE NEW KOREA―朝鮮(コリア)が
劇的に豊かになった時代(とき)



日韓併合前の朝鮮では日本と全く異なり女性は奴隷同然で何の権利も与えられていなかった。結婚すれば家屋内奴隷として扱われ、それは余りに過酷だった。
それ以下だったのは、奴婢(ノビ)・白丁(ペクチョン)と言われた本物の奴隷たちである。1871~2年の大飢饉では、人口の半分を占めた奴婢らの多くが、餓死したが朝鮮を支配していた両班(ヤンバン)たちは、清にも日本にも食糧支援を求めず、奴婢たちの死に行くのを全く歯牙にもかけなかった。この様な非人道的制度を一気に改善し、想像を絶した朝鮮の近代化を行なったのが、日韓合邦の歴史的事実である。
その真の姿は、巨額の予算を当時、首都京城(ソウル)を東京よりも近代化させてしまった日本人の器の大きさで証明されている。インフラ面だけでなく、衛生面での改善も著しく、感染病の多くが激減した事など枚挙に暇がない。他の一切の西欧列強が成し得なかった信じ難いこの偉業を日本人は誇るべきであり、当時朝鮮人と台湾人の大半が喜んでいたことであった。しかし、朝鮮では全権力を奪われた両班たちが第二次世界大戦後この事実を覆い隠し、虚偽の歴史を捏造し、再びと権力の座に就いて、言論弾圧と私刑(リンチ)とによって真実の声を封殺し、現在の韓国に到らしている。
蒙古襲来時に蒙古の手先となって日本人を虐殺したように、19世紀末当時は、ロシアの手先となって、日本を侵略することが目に見えていた当時の朝鮮に対して取った大日本帝国の日韓併合政策は、結果として韓国に決定的な文明の開化を齎したのである。この客観的事実を、当時最も著名な植民地研究家のアレン・アイルランドが克明に分析し日本の統治を西欧列強のいかなる政策よりも優れているとして高い評価を与えていることは刮目に価する。




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< Racism America & Sex Slaves >
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< FDR plans sneak attack before Pearl Harbor >
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posted by Kissandtell at 09:28| 東京 ☔| Comment(0) | 真実の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月18日

安倍談話について

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安倍談話では「『悔いている』が『詫びていない』」と反発している在日朝鮮人がいるが、なぜ、詫びないかといえば、日本人には詫びる必要がないからだ。

パリ不戦条約では「侵略」の定義が「当事国の自国裁量権に任せる」とされている。

そして、当時のリーダーであった昭和天皇は「終戦の詔勅」の中で「自衛の戦争だ」とで述べられた。

よって、「 WW2は、自衛の戦争であった。」ということになる。





総理が悔いているのは、自国民に多大な犠牲が出てしまったことだ。

「確かに、アジア人から「アジアの母」と呼ばれ、感謝をされ、それはそれとして誇らしく思う半面、やはり、自国の犠牲者のことを考えると悔いてしまう。」ということだろう。

談話の中で安倍総理は「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」と述べているが、アジアのリーダーの残した言葉から判断するに、もっともアジア人を勇気づけたのは日本の第2次世界大戦での戦いであろう。 

そして、「『 新しい国際秩序 』への『 挑戦者 』となっていった。」『 新しい秩序 』とは『 肌の色の違いによる差別ない社会秩序 』ということだろう。

更に『 挑戦者 』になることを決意させたのは1919年にパリで行われたパリ講和会議において、「人種差別撤廃提案」が、議長のウッドロウ・ウィルソン米国大統領の「全会一致でないため提案は不成立である」という一言で否決された時だ。 



通常は、多数決で決められていたものをウイルソンは、この日本の提案に限って、白人優位主義を堅持したい者達の「本件のような重大な問題についてはこれまでも全会一致、少なくとも反対者ゼロの状態で採決されてきた」という勝手な屁理屈で否決したのだ。

賛成

大日本帝国 (2票)
フランス (2票)
イタリア王国 (2票)
ギリシャ王国 (1票)
ユーゴスラビア王国 (1票)
チェコスロバキア (1票)
ポルトガル (1票)
中華民国 (1票)

総計11票

反対または保留

アメリカ合衆国(1票)
イギリス (1票)
ブラジル (1票)
ポーランド(1票)
ルーマニア王国(1票)

総計5票


このままでは、何年経ってもアジア人が白人と同等の立場にはならないことは、誰の目にも明らかだった。

日本が、耐えに耐え、最後の最後に出した答えが、あのパールハーバーだった! 




日本は白人優位主義と刺し違え、パリ講和会議で不当に否決された「人種差別撤廃」を現実のものにしたのだ。

 

ピーター・ドラッカーは、こう述べている。

結局のところ、最後に勝ったのは日本だった。
日本のとった道、つまり自らの主権のもとに、近代化すなわち西洋化をはかるという道が、結局西洋を打ち負かした。日本は、西洋を取り込むことによって、西洋の支配を免れた。

軍事的には、日本は第二次世界大戦において、歴史上もっとも決定的な敗北を喫した。自らの植民地大国たらんとする政治的野望は達せられなかった。しかし、その後の推移では、政治的に敗北したのは西洋だった。

日本は、西洋をアジアから追い出し、西洋の植民地勢力の権威を失墜させることに成功した。その結果西洋は、アジア、ついでアフリカからの非西洋世界に対する支配権を放棄せざるえなくなった。(ピーター・ドラッカー)





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posted by Kissandtell at 13:01| 東京 ☁| Comment(0) | 第2次世界大戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする