2016年02月21日

「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述 )

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今回は、インドネシアでの慰安婦の実態について書かれていたブログの紹介。

これを読めば、インドネシアでの慰安婦の実態を把握することができ、欧米が行なった、また、現在進行形で行われている強姦、強姦殺人のことを考えれば、スマラン事件など取るに足らない問題であることを理解することができるだろう。 
そして、戦場での女性の人権について考えるならば、日本軍の慰安婦問題などではなく欧米の軍の慰安婦問題及び強姦殺人について考えなければいけないこともわかるだろう。

窃盗事件といっても、銀行強盗のような重大事件から万引きのような微罪のものまであるように、女性の人権侵害に関してもピンきりだ。 
本当に女性の人権を考えるのなら、厳重に処罰しなければいけないのは欧米の軍隊の方であり、それを行わず、万引き犯程度の犯罪を犯した者を追求し、銀行強盗を不問に付してなどいるからいつまで経っても、戦場での女性の被害者が跡を絶たないままなのだ。

オーストラリアのテレビ局がスマラン事件の被害者を自称するあの蛇のような執着心をもったオランダ女が日本を脅迫する様子を放映したようだが、このテレビ局が行うことは自国兵の性犯罪を自国民に知らせることなのだ。 馬鹿なオージーは自国兵を紳士だと思っている。 オーストラリアABCは広島の呉へ行き、自国の兵士の戦争犯罪を調べ、その一部始終を報道しないといけない。 自国兵の蛮行を知れば、自分は言えた義理ではないと悟って無意味な日本に批判を止め、自国軍の規律強化に動き出すことだろう。

そもそも、日本兵が戦争中だけ、凶暴になったと主張する者達の発言を疑ってかからないところがどうかしている。
OECD諸国の強姦発生率をみるてもオーストラリアの性犯罪率は高く、日本の強姦率は極めて低い。 
この数字が、ある戦争中だけ逆転することなどあり得ない。 

「日本軍が20万人の女性を誘拐したとするなら、豪州軍は、その90倍の1800万人を誘拐していても不思議はない。これは、いくら何でも、おかしいだろう!」という発想が、なぜ、頭の中に浮かんでこないのだろう? 

特に、ジャーナリストは取材相手から聞いた話をそのまま流すのではなく、もっと頭を使って総合的に考え、何を放送して、何を放送しないのかを判断しないといけない。 今のままでは、主婦の井戸端会議と同じ程度だ!

「あなたは、呉での豪州兵の蛮行を知っていますか?」とOZに聞けば、ほとんどの人が知らないと答えるだろう。 知らない者達には教えてあげないといけない。 それが、豪州ABCの仕事だ!

OECD諸国の強姦発生率

1. オーストラリア    91.9件/10万人(人口2277万人)

2. スウェーデン      58.6件/10万人(人口954万人)

3. ニュージーランド 30.6件/10万人(人口444万人)

4. 合衆国        28.6件/10万人(人口3億1418万人)

5.イングランド及びウェールズ(英国)27.7件/10万人

6. ベルギー        26.6件/10万人(人口1110万人)

7. アイスランド      24.7件/10万人(人口33万人)

8. 北アイルランド(英国)23.6件/10万人

9.ノルウェー        20.6件/10万人(人口504万人)

10.イスラエル       17.5件/10万人(人口770万人)

11.スコットランド(英国) 17.0件/10万人

12.仏国           16.2件/10万人(人口6391万人)

13.韓国       13.5件/10万人(人口5001万人)

14.チリ         13.3件/10万人(人口1740万人)

15.メキシコ       13.3件/10万人(人口1億1487万人)

16.フィンランド       12.4件/10万人(人口543万人)

17.ルクセンブルク    11.7件/10万人(人口53万人)

18.オーストリア      9.3件/10万人(人口847万人)

19.エストニア        9.2件/10万人(人口134万人)

20.ドイツ           8.9件/10万人(人口8192万人)

21.オランダ 8.8件/10万人(人口1676万人)

22.スイス 8.7件/10万人(人口800万人)

23.アイルランド      8.5件/10万人(人口459万人)

24.イタリア         7.6件/10万人(人口6082万人)

25.デンマーク       6.4件/10万人(人口558万人)

26.チェコ          4.6件/10万人(人口1055万人)

27.スペイン         4.5件/10万人(人口4616万人)

28.ポーランド        4.0件/10万人(人口3890万人)

29.スロベニア        3.9件/10万人(人口206万人)

30.ポルトガル        3.5件/10万人(人口1054万人)

31.スロバキア       2.6件/10万人(人口544万人)

32.ハンガリー       2.3件/10万人(人口996万人)

33.ギリシャ         2.2件/10万人(人口1130万人)

34.トルコ         1.5件/10万人(人口7489万人)

35.カナダ         1.4件/10万人(人口3483万人)

36.日本      1.1件/10万人(人口1億2761万人)



「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述その1)

投稿者: シバタ (2002 年 02 月 14 日 21:14:56)
回答先: 自由主義史観研究会の主張 / 投稿者: シバタ (2002 年 02 月 14 日 21:12:50)
「慰安婦と戦場の性」秦郁彦著(新潮選書1999年)から

113-114ページ(第四章 太平洋戦線では)
 現地人女性を”妾”として囲う例はフィリピンでも見られたが、とくに、「ジャワは極楽」とうらやまれたジャワで、軍政監部の文官や企業派遣の民間人を中心に流行した。
 「チンタ」とか「白馬」と呼ばれたこの現地妻たちは、オランダ人の男とインドネシア人の女の間に生まれた混血児(ユーラシアン)が多く、旧主人が抑留所へ入れられたので、生活のため新しい主人に鞍替えしたのである。ジャワ派遣軍宣伝部に入った大宅壮一は、「白馬会」の主宰者と自称していた。
 オランダ政府の公式報告書も「日本軍の高級将校、会社重役、高級官吏なども売春宿を訪れるよりも妾を囲うことを好んだ」と述べ、さらに、「ヨーロッパ人売春婦の多くが一人の日本人男性の妾となる関係を好んだ」と記す。(季刊戦争責任研究No.4、50ページ)

どこの戦地でも勝った兵士の元へ女性は言い寄るのであって、オランダ女が負けた自国の男を見限り、日本人男性の元へ向かったとしても何ら不思議はない。

今、オランダ女がガタガタ騒いでいるのは、その後、日本が負けたからであろう。
ドイツが優勢の時にドイツ兵に尻尾を振ったフランス女が、終戦後、フランス男によって丸刈りにされたというのは有名な話だ。 その際、フランス女は、あることないことを言って慈悲を乞うていた。 オランダ女が行なっているのは、それと同じだ。



嘘や詭弁を用いて保身をはかるのは人の常。

日本兵にノコノコついて行ったことを取り繕う為に「強制された」と言い出すオランダ女が出てきたとしても誰も驚かない。 しかも、金が取れるとなれば出てこない方がおかしい。 オランダ人は、蛇のようにしつこい元慰安婦だけではなく、女王、国王までもが講和条約を結んだ後も金を要求してきている。 このオランダ人の国民性というものを日本人は理解しないといけない。

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いつの世でも、変わり身の早い奴はいる。

日本がバブル景気で湧いていた時、白人女をはべらせていた日本人男はたくさんいたが、今、彼女達は北京にいる。そして、中国人と一緒にシャンパンを飲みながら日本の悪口を言っているのだ。

朝鮮人と行動を共にするあのオランダ女のようなインドネシアとの混血児は、混じりけのない白人からは差別されていたわけで、オランダに見切りをつけることに大した抵抗はなかったに違いない。 ただ、彼女達にとって大誤算だったのは、「わずか数カ月で日本が降伏することになった。」ということだろう。
 


 ジャワでは軍人は少なく(戦争中期は1万人前後)、占領行政に当たる文官や民間企業人、戦前からの在留邦人(サクラ組)が多かった。
 そのせいか、占領初期には軍専用の慰安所はほとんど見られず、民間の売春宿が主力だったが、1943年後半頃から軍専用も設置されるようになり、悪名高いスマラン慰安所事件をひきおこす。
 前記のオランダ政府報告書は、その理由について性病増加のためだろうと推察しているが、おそらくこの推察は正しい。
 『ジャワ新聞』(朝日新聞の経営)は、1943年2月の「熱地衛生」(軍医部執筆)と題したシリーズで、「共同便所は誰一人汚す心算で使用するものはなくとも汚れ勝ちなものです。・・・・慰安所を開くとき、どんなに厳選しても日が経てば殆ど全部が花柳病になってしまいますから健全な慰安婦を求めることは無理です」「慰安婦の半数以上は黴毒・・・・ジャカルタの軍指定慰安所の女を血清反応で検査したところ、驚くなかれ半数以上が・・・・」と警告している。
 また、「安い、サービスが良い、スリルがある等の理由から、禁を犯して私娼に走る不心得者が絶えないようで・・・・慄然」(ジャワ新聞1943年2月1-2日付け)とも書いているが、事態は一向に改善されなかったらしく、一年半後の記事では罹患率が「邦人の七割位」(ジャワ新聞1944年9月11日付け)とあるから、割引きしてもジャワは「性病天国」と呼んだ方が良いのかもしれない。

209ページ(第六章 慰安婦たちの身の上話 6 インドネシア(上)−マルディエムなど−)---川田文子(戦後補償実現市民会議基金代表)チームの面接結果(1995年秋から3回、合計10数人と面接)

<南ボルネオ組の証言(マルディエム;ジョグジャカルタ)>
・幼なじみの女性歌手レンチに「ボルネオに行って一緒に芝居をしよう」と誘われ、48人の仲間と船に乗って南ボルネオの首都バンジャルマシンへ行った。
・引率者は現地に数十年在住する日本人の歯科医で、バンジャルマシン市長の正源寺寛吾だった。
・全額を貯金して帰るときに戻すと説明されたが、払ってもらっていない。
・同行した48人のうち、8人は食堂で、16人は芝居小屋で働き、24人が慰安所へ行った。
・仲間の中で帰郷した者もいたが、追加の女性も来た。
・南ボルネオは海軍の軍政地域だった。陸軍の軍政下のジャワから、慰安婦を募集する仕事には、(戦前からジャワに住んでいた民間人が介在した可能性はあるが、)募集に当たったのはインドネシア人で、マルディエムは本人の知らぬ間に親が身売りしたケースではないか。


211ページ---ボゴール憲兵分隊長谷口武次大尉の書簡から
・兵舎には日イ双方の衛兵が立っているので、ひそかに女を連れ込んだり、長期にわたり監禁するのは不可能である。
住民は性観念がきわめてルーズで、インドネシア人、華僑、混血(ユーラシアン)の売春婦が至るところにいた。ジャカルタの川べりには、立ちんぼの女たちが並んで客引きをしていた。事を荒立てなくても、いつ、どこででも用は足せたはず。
・このように(川田文子報告にあるように)悪質な事件が続発していたら、オランダから戦犯にされたろうし、その前に現地人の兵補が黙ってはいまい。

どこの戦地にも「立ちんぼ」と呼ばれるキャンプフォロアーは存在するように、日本軍の占領地にも「立ちんぼ」はいて、レイプなどをする必要はなかったことがわかる。 しかし、ことは足りたとしても、性病が蔓延してしまっては白人を殺すどころではなくなってしまう。それでは困るということで、娼婦の中から性病にかかっていない者達を選んで慰安所を作ったということだ。 何ら問題になることはない。


213ページ
 谷口の言う「性観念」の程度は、それこそ各人各説で地域、人種、階層、宗教がからみ一般論は困難だが、インドネシア人は概してルーズだったのは確かなようだ。
 スマトラ各地に勤務した大平文夫憲兵曹長は「全島で慰安婦は200人くらいと推定するが、他の島からの出稼ぎが多かった。農家の主婦も容易に売春婦に変身した。しかし、アチェ人は売春はやらなかった」と回想している。
 開戦前の1941年7月、ジャワに偵察飛行した深田陸軍軍医少佐は帰朝後、陸軍省の会議で「原住民は生活難のため売淫する者多し」(金原節三日誌摘録、1941年7月26日の項)と報告しているが、性観念と生活難は不即不離の要素だったのかもしれない。


「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述その2)

投稿者: シバタ (2002 年 02 月 14 日 21:16:57)
回答先: 「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述その1) / 投稿者: シバタ (2002 年 02 月 14 日 21:14:56)
「慰安婦と戦場の性」秦郁彦著(新潮選書1999年)から

214-216ページ(第六章 慰安婦たちの身の上話 7 インドネシア(下)−兵補協会のアンケート−)---高木健一弁護士の指示で行われたもの(1995年11月)
質問項目が誘導尋問的になっている。
(1)問5「従軍慰安婦になった理由は何か」という設問に対し、a看護婦になれる、学校に行かしてやる、職を紹介するなどと言われてだまされた(45%)、b逆らうと家族を殺すと日本兵に脅迫され、強制された(45%)、cおだてられ誘われて自分でその気になって(1%)、d帰宅途中、あるいは路上で拉致・誘拐されて(9%)、の四通りの答えしか用意されていない。最もありそうな「親に売られたから」「高収入だったから」の選択肢がない。
(2)問11「性的奉仕を求めてきたのは誰か」という設問に対し、a日本人の兵隊(95%)、b朝鮮人の兵隊(1%)、台湾人の兵隊(1%)、インドネシア人(1%)の四通りしかない。当時のジャワには軍人を上回るぐらいのサクラ組と呼ばれた一般邦人(売春業者を含む)がいたのに、日本人なら全員が兵隊にされてしまう設問になっている。
・上記川田文子チーム面接には、このアンケートで誘導されたとおりに身の上話を語った可能性が高い。

このアンケートを取る前に、日本の弁護士がインドネシアへ行き、「日本軍の性奴隷になった人はいませんか。 裁判をして勝てば、一人あたり200万円くらいの賠償金が取れると思います」と呼びかけ、被害者を集めていたという。 当時の200万円はインドネシアでは、一生、遊んで暮らしていける金額だ。 嘘も付くだろう。 被害にあったと名乗り出てきた者の中に、多数の男性も含まれていたという。 このアンケート結果は信憑性に欠ける。
 
350年もインドネシアを植民地にしていたオランダ人による被害者が一番多いはずだが、選択肢にオランダ人は入っていない。これも不自然だ。 慰安婦にされたと騒いでいるオランダ系オーストラリア人のヤン・ルーフ・オヘルン(93)はインドネシア人との混血児であるが、オランダ人とインドネシア人の恋愛によってというわけではないようだ。

調査にあたった日本人弁護士が、本当に女性の人権を考えるなら、オランダ人によって犠牲になった女性のために、なぜ、オランダ政府を叩かない?  彼らの活動はインドネシアで犠牲になった女性を助けるためではなく、日本軍を貶めるためのものに違いない。 

普通の弁護士なら加害者とされる者の所(国)へ行き交渉をする。 交渉が決裂すればその国で裁判をする。
裁判で負けたらそれで諦める。 
しかし、この常軌を逸した者共は諦めることなく、ヤクザが街宣カーを連ねて脅迫を行うように、マスコミをつかたり、海外の政治家にロビー活動を行なったり、挙句の果ては国連にまで行き、日本に対しての嫌がらせを続けている。

裁判で負けたら諦めるのが法治国家に生きる者が取るべき態度だろう。



216-221ページ(第六章 慰安婦たちの身の上話 8 オランダ−蘭人抑留女性の受難−)
・15万人を超えるオランダ人が日本軍捕虜収容所及び民間人収容所に収容され、うち2万人が女性であった。(1994年オランダ政府報告書)
・占領の前半期(1943年中期頃)まで、女性たちの多くは抑留所外の居住を許されていたが、働き手を失った貧困な女性の中には、民間の売春宿や風俗産業で働く者も少なくなかった。白人女性が経営する売春宿もあり、マダムたちの中には日本軍幹部や民間人の妾になる者もいた。(1994年オランダ政府報告書)
・しかし、戦局の悪化により、日本の陸軍省は「軍抑留者取扱規定」(1943年11月7日陸亜密第7391号)を出先各軍に通達し、オランダ人を含む敵国人の全員を、捕虜収容所に併設された軍抑留所に移すよう指示した(蘭イ混血のユーラシアンは原則として対象外)。
・その結果、指定居住区域に住んでいたオランダ人女性は、売春婦も含めて軍抑留所へ入ることになるが、給養条件は悪く不満が高まっていた。
・こうした状況に目を付けたのが、軍の担当者と慰安所の業者で、好条件を約束すれば相当数の慰安婦が集まるだろうと見当を付けたようだ。この種の勧誘や説得に強制性がどこまで働いていたかは微妙なところである。
抑留所を管理していた第16軍軍政監部は、強制しないこと、自由意思で応募したことを証するサイン入り同意書を取るように指示していたが、なかには違反する出先部隊もあった。のちに「白馬事件」と呼ばれたスマラン慰安所の強制売春事件は、女性たちの告発により戦後のB,C級法廷で裁かれ、死刑を含む10数人の有罪者を出す。
死刑になった岡田慶治少佐は獄中日記を残している。「将校クラブの婦人たちをよく可愛がってやったつもり・・・・その彼女たちが告訴している。それも嘘八百並べて・・・・時勢が変わったので我々に協力していたことになって彼女たちの立場がないのかと想像・・・・起訴状を見ると首謀者にされている・・・・『そうか飼い犬に手を咬まれたのだ。もう何も言うことはない』と覚悟した・・・・敵の銃口の前に立って、日本人の死に態を見せてやることではなかろうか」
いずれにせよ、スマランの慰安所は長くても二ヶ月しか営業していない。ジャカルタの第16軍司令部から閉鎖命令が届いたからである。
軍政監部本部に勤務していた鈴木博史大尉は「慰安所でひどい悲鳴が聞こえるとの話を聞き込み、山本軍政監へ伝えると、山本は”まずい、すぐやめさせろ”と怒り、翌日に閉鎖命令が出た・・・・後に彼女たちを集め、申し訳ないことだったと謝罪した」と記憶している。
・被害者がオランダ人女性以外で戦犯として裁かれたのが、1,000人以上の現地住民(華人ゲリラ)を抗日分子として大量処刑したポンティアナック事件(1944年初期)の副産物として明るみに出た強制売春事件で、主として日本人の現地妻となっていたインドネシア人女性を強制的に慰安婦にしたかどで、13人の海軍特警隊員らが有罪(うち3人は死刑)となった。


「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述その3)

投稿者: シバタ (2002 年 02 月 14 日 21:19:04)
回答先: 「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述その2) / 投稿者: シバタ (2002 年 02 月 14 日 21:16:57)
「慰安婦と戦場の性」秦郁彦著(新潮選書1999年)から

409-410ページ
 南方戦線で人気が高かったのは、ユーラシアンと呼ばれた白人と現地人の混血児であった。マニラの慰安所を経験した日本兵捕虜に対する連合軍の尋問記録によると、「女性は、通常、スペイン人とフィリピン人の混血で利用料金は10円ないし20円・・・・日本人及び朝鮮人女性については2円ないし3円であった」(吉見義明編『従軍慰安婦資料集』大月書店1992年、487ページ)
 価格は一般に需要と供給によって決まるものだが、中国大陸では、内地人(2円)、朝鮮人(1.5円)、中国人(1円)の順に安くなる例があった。南方では現地人の価格がもっとも安かったが、混血や白人は例外で、内地人より高価だったようである。
 パダン(西スマトラ)では、インド人業者の下で20人の白人女性が働く慰安所があり、プカロンガン(中部ジャワ)では華人業者の下で23人の欧州人女性が働いていた。

朝鮮女衒(ぜげん)だけではなく、インド人女衒、中国人女衒、白人女衒までいたようだ。

余談だが、中国人は、インド人の下で働いていており、そのことからか、インド人は今でも中国人を見下している。 そして、今でも、中国人はインド人には引いてしまうところがあるようだ。 インドの首相は、旧日本兵のところへ行き、ひざまずいて、イギリス人を叩き出す戦いに参加してくれたことに対して礼を述べたという。中国人に対して怖気づいてしまう日本人は、中国人叩きをインド人に頼めば彼らは快く引き受けてくれるだろう。



392ページ
 文玉珠の場合、3年足らずで2万5千円貯金し、うち5千円を家族に送金している(文玉珠『ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』(梨の木舎1996年)138ページ)。今なら1億円前後の大金である。
 ベテランの日本人慰安婦も負けていない。吉原で10年暮らした高安やえは、「戦地へ行けば10倍稼げるし・・・・稼いだら内地に帰って商売を始めようと考えてラバウルへ・・・・一人5分と限り、一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」と回想している(高安やえ「女のラバウル小唄」(『続戦中派の遺言女性版』(櫂書房1979年))。

394ページ
 兵士たちの生活条件と比較してみる必要もあろう。「大東亜戦争陸軍給与令」(昭和18年7月28日勅令625号)によると、二等兵の月給は7円50銭、軍曹が23-30円、戦地手当を入れても約倍額にすぎず、慰安婦たちの1/10ないし1/100である。中将の年俸でも5,800円だから、文玉珠クラスになると在ビルマ日本軍最高指揮官より多く稼いでいたことになる。

226ページ(中国徐州の料理屋「松竹」で仲居をしていた柴岡トシオさんの証言)
秦「なぜ日本人慰安婦は名乗りでないのでしょうね」
柴岡「200万円じゃだめでしょう。2,000万円ならいるかもしれんが」

これは「2000万円なら自尊心を捨てて嘘を付くだろう」という意味。 

「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述)

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posted by Kissandtell at 10:55| シドニー ☀| Comment(0) | 世界の性風俗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

米当局が韓国人女性に対する入国審査を強化、韓国ネットは「これが現実」「米国だけではない」

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コリアタイムスは、米国の空港で韓国女性に対する入国審査が強化されていると報じた。
これは、米国内での朝鮮人売春婦のシェアーが23%とダントツだからであろう。 NYに限って言えば、検挙される売春婦の9割が朝鮮人という状況だ。 入管での検査が厳しくなっても仕方がない。  

この取り締まり強化がきっかけとなり、在日が帰化をして日本のパスポートを手に入れ、海外で売春を始めるのではないかという不安がよぎる。 国籍など安易に与えるべきではない。



朝鮮での売春の歴史は古く、売春ははるか昔から朝鮮にある伝統産業であり、中国に対して貢物として女性を送っていたほどだ。

現在は、もっとすご状況になっているようだ。

韓国政府の女性家族部がソウル大女性研究所に依頼して調査させた『2010年性売買実態調査』の結果が韓国の週刊誌『ハンギョレ21』によってスクープされ、それによると、売春産業の規模は最大8.71兆ウォン(約6300億円)と報告され、韓国GDPの約5%を占めている。また、同調査では、年間売春件数が4605万件、売春従事者は14万2000人余であることを明らかにしている。 

それに対して、韓国の婦人団体は「この数字は少なすぎる。若年層の売春人口は80%近い可能性があると危惧している。と述べたとされる。

21世紀になっても、朝鮮慰安婦は、客を軍人からビジネスマンに代えてはいるが、未だに健在だ! 海を渡って頑張っている!



朝鮮人がどうなろうが日本人には関係ないことだが、問題は、こいつらが捕まった際に日本人を名乗ることだ。




つい最近も、台湾で隆大介こと張明男(在日朝鮮人)が空港職員に暴行を働き拘束されたが、その際も「俺は、日本人だ!」とほざきまくっていたようだ。
台湾警察から「黙れ!お前は日本人ではない! 朝鮮人だ!」と言われ、台湾のテレビでも朝鮮人として報道されたので、もう、張自身も日本人とは名乗らないだろう。 日本では通名で報道したそうだ。 しっかりしてもらいたいものだ。



 
刑期を終えたら強制送還になるようだが、一体、この男はどこの国へ帰るのだろう? 

何はともあれ、今、これだけの売春婦がいるのだ。 第2次世界対戦時に娼婦が足りず誘拐する必要がなかったことは子供でも判る。  

朝鮮慰安婦の嘘を現代の慰安婦が証明している。



記事は、インターンのために最近ロサンゼルス国際空港から米国に入国した韓国人女性(23)が入国審査で疑惑の目を向けられて2次審査に送られ、韓国の学校の情報や訪問目的、インターンの会社などについてしつこく質問を受けた事例や、友人を訪ねてサンフランシスコ空港から入国した韓国人女性(35)が、長期滞在する目的ではないかと疑われた事例などを紹介。韓米間でビザ免除の協定が結ばれて以来、米国旅行をする韓国人女性が増えるにつれ、米税関・国境取締局(CBP)の入国審査が強化されているとした。

中でも、ロサンゼルスやシアトル、サンフランシスコ、ラスベガス、ハワイなど西部の空港から入国する韓国人の若い女性が疑われることが多いという。
ノービザで入国した20〜30代の韓国人女性に対する2次審査では、主に「風俗営業や売春に従事して不法滞在する可能性」が追及されるという。このため、容姿が派手で見栄えがいい女性ほど2次審査に回される確率が高い。

この問題についてCBPは「訪問目的が疑わしく、米国の安全を害すると判断された入国者は、2次審査を行ったり入国を拒否する」と説明するのみ。
だが、ロサンゼルス空港関係者は「入国審査台から見ていると、不審な若い女性が目につくのは事実。風俗店で働いたり、売春に関与した韓国人女性の事例が増えたため、
外見が目立つ若い女性を2次審査に回す可能性が大きくなっている」と明かしている。

これに対し、韓国ネットユーザーからは様々なコメントが寄せられている。

「米国だけではない。豪州でも韓国人女性の入国審査は厳しい」

必死にオーストラリア入国を図る韓国人売春婦



「どれだけ多かったら、こんな待遇をされるんだ?日本や豪州でも韓国人女性を疑いの目で見ている」

「否定したいが、これが現実」

「国の恥。どれだけ多かったら、こんなことになるんだろう?」

「ミニスカートにハイヒール。飛行機に乗るのに、パーティに行く服装で来るのは韓国人くらい」

「韓国の女性だけ厳しく審査されるのは、屈辱的」

「韓国も米国人の入国審査を厳しくしてほしい。資格もないのに、ネイティブだからってやってきて、英語を教えるのは変だと思う」

「同じ東洋人なのに、日本人はすぐに通過」

「化粧や服装を問題視するのは、おかしい。売春とかしない女性のほうが断然多いのに」

「化粧は日本人のほうが濃い。長い付けまつ毛に派手なネールアート。それでも日本人は問題ないか?」
posted by Kissandtell at 16:44| 東京 ☁| Comment(0) | 世界の性風俗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月11日

韓国売春産業の昔 - 朝鮮の階級制度と慰安婦



朝鮮にはかつて厳しい身分制度が存在し、その中に妓籍に分類される者達がいた。これが俗に言われる妓生だ。 
妓生は三階級に分けられており、一牌、ニ牌、三牌という分類になり、三牌にいたっては単なる売春婦であった。

日本のも芸者はいるが、これは職業人。 妓生の場合は「妓生の子は妓生」という世襲制になっており、妓籍の子供は庶属と呼ばれ、女子はこの妓籍から抜けることはできず、娼婦として生きる道しかなかった。 そして、妓籍の子供である庶属は売買することが認められていた。

これは、アメリカの奴隷制度と全く同じ構造を持った性奴隷制度以外の何物でもない。

妓生の起源は、新羅や高麗にさかのぼる。

明を支援した李氏朝鮮が清に敗北後に結んだ降伏条約により、清の使者を歓待する妓生を用意することとなった。 この妓生は処女以外認められず、違反が発見されれば使者は罰則を課す権利を持っていた。 さらに、気に入れば、妓生を母国に持ち帰ることもできた。

李氏朝鮮時代はもちろん日本統治時代にも、平壌などでは朝鮮人が管理していた「妓生養成所」が置かれていた。

平壌にあった妓生養成所.png

1886年に奴婢身分世襲が禁止されたが、社会制度及び経済制度としての妓籍制度の根は深く、実質的には日本統治時代も残っており、この妓籍の制度を引き継いだ民間売春業者が慰安婦業に進出したのが朝鮮系慰安婦の実態である。

身分制度はなくなっても、それがすぐに消えるものではない。 肌の色の違いによる差別は今でも存在するし、同じ肌の色でも大阪などの同和を見れば差別の根深さを理解することはたやすいだろう。

日 本軍並びにアメリカ軍が利用していた売春婦は、この「妓生」から慰安婦になった者がほとんどであり、「妓生」の運命は慰安所へ行こうが行くまいが売春婦に なると決まっていたのだから「甘言に騙された」などというのは金目当ての嘘である。慰安婦の方が「妓生」よりも給料が良いことから応募に殺到したという 日本兵の供述の方が理にかなっている。

「妓生」という身分制度こそ今はないが、現代でも朝鮮の売春産業は巨大であり、朝鮮娼婦のことを知らない男性は、堅物を除いて、世界中、どこを探してもいないだろう。 トヨタ自動車の車が走っていない国が無いように朝鮮娼婦がいない国はこの地球上に存在しないからだ。

慰安婦が性奴隷であったという証拠の提出を求めても何一つ出てこないが、「慰安婦は単なる娼婦であった」「騙されてのではなく、この先、自分自身が娼婦として働くことは、自分の親を見て知っていた」という一般論的な反証は多々ある。

朝鮮の生産業の現状と過去を理解することは、反論の大きな助けになる。
ぜひ、日本国民のみならず、世界の人々の間で正しい情報の共有がなされてほしいと願う。


posted by Kissandtell at 02:51| 東京 ☀| Comment(0) | 世界の性風俗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする