2015年06月05日

Kill every one over ten - Philippine–American War

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ジュディス・ハーマン(Judith Lewis Herman、MD,)は自身の著書の中で、「中途半端な暴力は反発を招くが、徹底した残忍な殺戮や拷問の恐怖は、逆に従順にさせる」と言っている。



中途半端に何度も米国と戦争をしている中東の人々が反米であるのに対し、原爆を落とされ、多くの国民が虐殺された日本人が親米になったことを考えると、なるほどと思わされる。  

米国に従順になった日本人とよく似ているのがフィリピン人だ。

フィリピンは、日本以上の親米だと言っていい。 
白人の奴隷になっていたアジア人の中にあって、唯一と言っていいくらいの「白好き」なのがフィリピンだが、これにも日本と似たような理由がある。

どのアジア人も、種類こそ違え、白人によって悲惨な目に遭わされ辛い時期を過ごしていたことには代わりはないが、米国によっての被害を一番受けたのがフィリピンだ。 
何十万というフィリピン人が米軍によって虐殺されている。

Judithの法則がここでも生きていいる。




フィリピンは日本に勝とも劣らない残酷な仕打ちをアメリカから受けたながらも親米であり、「日本軍からフィリピンを救ってあげた」という馬鹿げた米国の言い分を21世紀になった今でも信じている。 「日本の軍国主義から日本国民を救い、民主主義を与えたのがアメリカだ! 日本国民よ、我々に感謝せよ」という事実と異なる大嘘を信じている日本人と同じだ。
 
日本は、戦前から投票制度がある民主国家であった。 また、日本国民の過半数を超える大多数が戦争を望んだのであり、政府の開戦の決断も、国民を抑えきれずに最後の最後に下したものなのだ。 国民が政府に戦争を強要されたなど、全く事実と異なる。

フィリピンの場合も、米国が日本から守ってあげたなど、大嘘だ!

スペインが米国との戦争に破れ、フィリピンが独立しようとすると米国はそれを認めず、今度は、フィリピン人に銃を向けてフィリピンの独立を武力で阻んだのだ。 この戦争はとても悲惨なもので、多くのフィリピン人が虐殺された。


米軍によるフィリピン人の虐殺の惨たらしさを表しているのが、このニューヨークジャーナルの風刺画だ。



これには、” Kill every one over ten" 「10歳以上の者は、全て殺してしまえ!」と書かれている。

虐殺ばかりではない! 米軍はフィリピンに公娼制度を導入して日本軍と同じように検診を行い、管理を行なっていたのだ。 



しかし、日本でのアキノ大統領の会見を聞く限りにおいて、この悲惨な米軍によるフィリピン人の虐殺の歴史よりもアジアの開放に立ち上がった日本軍の方が印象に残っているようだ。 ( もちろん、日本のお馬鹿な在日記者がくだらない質問をしていることが大きな問題なのだが。。。。 私だったら、「米軍の慰安婦制度とどこが違うのでしょうか?」と質問をしていただろう。)

日本を訪れたアキノ大統領がこんなことを言ったようだ。

戦後日本の歩みについて「平和への貢献に疑いの余地はなく、より公平で進歩的な世界秩序を創り出すことに深く関与した」と評価した。宮中晩餐(ばんさん)会でも、「過去の痛みは、相互尊重や尊厳に根ざした関係構築に努めるという貴国の約束で癒やされてきた」と語った。

また、慰安婦についてはこう述べたという。

慰安婦問題は「悲劇的な出来事だった」として「どれだけのことをしても、慰安婦の人たちに当時起きたことを完全に消し去ることはできない」と強調。一方で、慰安婦問題をめぐる河野洋平官房長官談話や、過去の植民地支配と侵略を認めた村山富市首相談話で「おわび」が表明されてきたと指摘した。

まったく米軍による虐殺も慰安婦制度の話もアキノ大統領の口からは出てこない。 

「日本軍から守ってあげたのが我々、アメリカ人だ」という言葉を今でも信じているのがよくわかる。 

ここから、日本人は学ぶことがある。
日本が戦争をするとしたら、相手は中国と朝鮮しかない。 その際は、Judithの法則をしっかりと守ることだ。 
下手な情けをかけたりしては、また、後世の日本人が乞食のような連中に悩まされる羽目になってしまう。
 
問答無用だ!






posted by Kissandtell at 15:31| 東京 ☀| Comment(0) | 世界の虐殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

Bodo League massacre 保導連盟虐殺

李承晩といえば、勝手に李承晩ラインを引き、それが原因で44名の日本人が死傷してまった憎むべき男だが、どうやら、憎まれているのは日本人だけではなく、自国民から憎まれているようだ。

その理由は虐殺だ。

朝鮮戦争が勃発した1950年、李は大統領命令を発し、60万〜120万人もの自国民を虐殺させたのだ。  これが、俗に言われる「保導連盟虐殺」だ。 共産主義者、その家族などや全く関係のない市民までが虐殺されたのだが、それを実行したのは韓国軍だけではな く韓国警察までが加わっていた。 更には、アメリカ軍機やアメリカ軍地上部隊までもが非武装の市民を殺害していたことが明らかになっている。

The Bodo League massacre was a massacre and war crime against communists and suspected sympathizers (many of them were civilians who had no connection with communism or communists) that occurred in the summer of 1950 during the Korean War.  It is said that 600,000-1,200,000 were killed and some of them were mudered by US soldiers.

李 承晩は、毛沢東、ポルポトと並ぶ虐殺者であり、この者達こそがアジアのヒトラーなのだ。 この4人の悪魔は、自国の兵士、警察までも使い、自国民を大量に殺害したのだ。  李承晩と毛沢東は罰を受けず安らかに死んでしまったが、歴史書の中ではヒトラーと同じ扱うを受けるべき人物だ。

a and Pol Pot. It is they who are Asian Hitler.  Those 4 evils ordered their own military forces and policemen to kill their people. Syngman and Mao were died peacefully without getting punished but they must get
equal treatment with Hitler in history books.

File:Execution of South Korean political prisoners by the South Korean military and police at Daejeon, South Korea, over several days in July 1950.jpg

South Korean soldiers walk among dead political prisoners, Taejon, South Korea



Kept secret … a man turns his head to those about to kill him during the murder of thousands of prisoners by South Korea at Taejon in 1950.

Prisoners lie on the ground before execution by South Korean troops near Daejon, South Korea, July 1950. Photo by U.S. Army Major Abbott.

殺されていく人々を傍観している米国軍も同罪だ!

US soliders were just watching!
US Army are no difference.  They must be punished too.
ラベル:虐殺
posted by Kissandtell at 15:04| Comment(0) | 世界の虐殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Bud Dajo massacre

フィリピンは、昔、スペインの植民地であったが、米西戦争に勝った米国がフィリピンとグアム、プエルトルコをスペインから奪い取り居座ることになった。

米西戦争のきっかけは、ハバナ湾で起きた米国戦艦メイン号の爆破事件で、アメリカはスペインの仕業だと決めつけ、スペインによる合同調査委員会を設置提案を無視して戦争を開始した。  これが、なぜか、マニラ湾海戦へと拡大していく。

砲塔装甲艦「メイン(USS Maine)」

スペインは、アメリカの圧倒的な軍事力に成すすべもなく破れ、植民地を明け渡すことになる。 
(ちなみに、メイン号には8人の日本人がコックとボーイとして乗り込んでおり、6人が犠牲になった。)

この米西戦争に至る経緯は、日米開戦に至る経緯とそっくり!! 

米西戦争の時、『 Remember the Maine 』という言葉が生まれたそうで、『 Remember Pearl Harbor 』は、その二番煎じ。

アメリカが『 Remeber ・・・・・・・・』と言い出した時は、自作自演と思って間違いない。



新しく統治国となったアメリカにフィリピン南部ミンダナオ地方で抵抗を続けたのがイスラム教徒のモロ族。

1899 年から1916年に渡る モロ・アメリカ戦争ではおよそ2万人以上のモロ族が犠牲となったが、強硬派で知られるウッド将軍(後のフィリピン総督)がモロ州知事を務めた1904年か ら1906年の3年間では3,000人のモロ族と70人のアメリカ兵が死亡したといわれている。

スルー諸島のダホ山に立てこもったタウスグ族はわずか3日間で女性や子供を含む600人がアメリカ軍によって虐殺された。 これが、世に有名な「ダホ山の戦い」である。

スルー王国のタウスグ族数千人はスルー諸島の中心ホロ島のダホ山(死火山)に難攻不落の砦を築いた。ウッド将軍は760人のアメリカ軍に対しダホ山攻略を命じた。
アメリカ軍は当初、険しい地形から拠点を見つけることができず、山上からの抵抗に攻めあぐねたが、市場で捕らえた捕虜を買収して拠点に案内させることに成功、高性能の武器を備えるアメリカ軍の圧倒的な火力の前に刀や槍、旧式のライフル、わずかな大砲しか持たないタウスグ族は女性や子供に至るまで殺戮された。  1906年3月6日から8日にかけてのことだった。

タウスグ族の大虐殺に対してはアメリカ人でさえウッド将軍を「血に飢えた怪物」と呼び激しく非難したが、ウッド将軍は「女性は男装させられ、子供は盾として利用された」と述べて虐殺を正当化した。

マアス・ジキリ率いるタウスグ族の小集団がアメリカ軍を攻撃して抵抗を続けた。ジキリは1909年に戦死するまでおよそ3年間 戦い続け、不利な状況下でも退却しないタウスグ族の勇敢なリーダーとしてアメリカ人もジキリの勇敢さに敬意を表し、敵国人として唯一その彫刻がワシントン の博物館に展示されているという。スルー王国は1915年にアメリカと協定を結びその支配下に入った。


2003年、フィリピン政府は米比合同軍事演習「バリカタン03-1」をスルー州で実施する方針を打ち出したが、およそ100年前のアメリカ人による虐 殺の記憶を伝えるタウスグ族の人々はこれに強く反対、政府にスルー州での米比合同軍事演習実施を断念させた。





On March 7, 1906, US troops under the command of Major General Leonard Wood massacred as many as 1,000 Filipino Muslims, known as Moros, who were taking refuge at Bud Dajo, a volcanic crater on the island of Jolo in the southern Philippines. Above, US soldiers pose for the camera in the aftermath of the massacre. (Photo from The National Archive)


スペインもフィリピンを平和的に統治していたわけではなく、フィリピン人は常に独立を求めるゲリラと戦っていた。 フィリピン人にとって、米西戦争の結果はスペイン語を話す白人が英語を話す白人への代わったに過ぎず、人間扱いをされない状況にかわりはなかった。 

フィリピン人が
人間として歩み出すのは
日本がパリ講和会議で『人種的差別撤廃提案』を提案してから28年後の1946年になる。


posted by Kissandtell at 14:20| Comment(0) | 世界の虐殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする